「汀」2019年3月号
「汀」2019年3月号
主宰:井上弘美(いのうえ・ひろみ) 編集長:奥村和廣
結社誌・月刊・創刊平成24年・東京都渋谷区・創刊 井上弘美
先日、俳人協会総会の懇親会会場で石井隆司(いしい・たかし)さんにお会いした。
石井さんはKADOKAWAに勤務し、長年「俳句研究」編集長を務めた方で、今もKADOKAWAで俳句関連書籍の編集者として活躍されている。
私がもっとも尊敬する俳句編集者で、「兄貴分」のような気分でいつも彼を見ている。
その時、井上弘美さんの主宰誌「汀」で連載を執筆されていることを知った。
「まあ、回顧録のようなものだよ」
と言っておられた。
ぜひ読んでみたい、と思ったら、数分もせず、会場で井上さんをお見かけしたので、早速お願いした。
井上さんは、それでは…、と執筆第一回目が掲載されている2019年1月号から送ってくださった。
石井さんの連載は、実は、私が「俳句界」編集長の時、狙っていた企画だったが、ライバル会社の編集者ということもあり、許可が下りず実現できなかった。
昭和後期から現代にかけてもっとも多くの俳人と交友を持ったのが石井さんである。
どこかで、そういった記録や文章を残すのは大事なことだと思っていた。
今回、それを実現したのが井上さんであり、俳人としてだけでなく、結社誌編集という点でも、その慧眼と手腕に感嘆した。
実際「汀」を開いてみると、その編集の充実ぶりに誰もが舌を巻くことだろう。
なんと、石井さんの他に、堀切実(ほりきり・みのる)さんの連載もある。
堀切実さんは早稲田大学名誉教授で、俳諧研究の第一人者。
最近は、芭蕉の俳句理論を発展させた、近現代俳句評論を展開をされ、現代俳句協会の現代俳句大賞も受賞されている。
このお二人の連載だけでも俳句総合誌に匹敵する充実さである。
「汀」の連載内容を以下に。
「最短詩方随想」 堀切 実
「民族のことばと季語と」 伊藤高雄
「今月の京都」 田中博一
「烏兎忽忽」 石井隆司
「ふるさとの季語」 大岡弘明
「染織歳時記」 星野将江
「今月出合った句集」 土方公二
「読書ガイド」 市村和湖
「汀の理科室」 横瀬恒夫
「青汀素描」 川崎清明
「汀素描」 真隅素子
「文語文法レクチャールーム」 岡村美江
「響素描」 鈴木禮子
「光汀抄を読む」 井上弘美
「俳句表現レッスン室」 井上弘美
「推敲のエチュード」 伊藤旺子、井上弘美
他の結社誌と比べ、アカデミックで、精密な編集姿勢を感じる。
私も総合誌編集をしていたのでわかる。
流れ作業のように、枠にはめ込めば完成できるような雑誌ではない。
編集スタッフの充実した仕事ぶりがなければ成り立たない雑誌である。
もちろん、それは井上さんの俳人として魅力や指導力、カリスマ性があるからだろう。
すなどれる神のみづうみ寒蜆 井上弘美
羚羊の総身風の突端に
北山の白たくはふる鬼やらひ
幾重にも折り山のあり懸想文
寒明くる冥途通ひの井水かな
井戸涸れてその底よりの海の声 森 ちづる
追ひつけぬ独走を追ひラガーなる 湯口昌彦
風色に枯るる柳や瞥女の墓 井澤秀峰
山彦につづく湖彦白障子 守屋井蛙
主宰作品、幹部同人欄であろう「白汀集」より引いた。
さすがは(石田)波郷系!
と声を出したくなるほど、二句一章が鮮やかである。
また、平明な言葉、なにげない風景に「詩」を見い出すのは、同じく師系と掲げている綾部仁喜氏の流れも感じる。
綾部さんは、私の師・吉田鴻司と同じ年に、ともに俳人協会賞を受賞した方である。
その時、広く紹介されていた、
白玉の器の下が濡れにけり 仁喜
という作品に、俳句を始めて数年だった私はびっくりした。
「こんなことが俳句になるのか」という驚きと、その淡々とした表現手法に驚いたのである。
「汀」の秀句の数々を見て、ふと、そのことが懐かしく思い出された。
今、井上さんは俳壇をリードする存在だが、その結社内にもすでに多くの優れた人材が登場していることも知った。
そして、何度も書くが、その編集のすばらしさに感嘆した。
名編集者であることは間違いない。
あまり指摘されていないが、高浜虚子は、私は優れた俳人であったのと同時に、その時代を代表する「編集者」であった、と考えている。
(その根拠は長くなるのでここで書くのはやめておく。)
いい人材を育てるには、主宰者の俳人としての実力、鑑賞者・選者としての実力もあるが、ひょっとしたら「編集」の力も案外大きいのではないか、と「汀」を読んで、ふと、考えた。