今週の一句~春風 夏目漱石

春風の吹かれ心地や温泉の戻り   夏目漱石

 

 

(はるかぜの ふかれごこちや ゆのもどり)

 

この句を見ると、いつも「坊っちゃん」の一節を思い出す。

 

何を見ても東京の足元にも及ばないが、温泉だけは立派なものだ。

 

東京から、数学教師として松山へ赴任した「坊っちゃん」は道後温泉をすっかり気に入り、毎日のように温泉へ通う。

その温泉帰りの坊っちゃんの心持を詠んだようである。

 

この句は「吹かれ心地」という言葉がいい。

あとは「はるかぜ」「温泉の戻り」と、普通…というかありふれた言葉である。

「吹かれ心地」こそがこの句に命を吹き込んでいる。

「吹かれ心地」とはどんな心地だろう、と思うが、なんとなく、誰もが想像出来る。

きっと、そこがいいのだ。

今週の一句~春来たる(はるきたる) 福永耕二

鱈の海濁るは春の来つつあり   福永耕二(ふくなが・こうじ)

 

(たらのうみ にごるははるの きつつあり)

 

「鱈」は冬の季語で、寒冷な海に生息する。

「鱈の海」とは東北、北陸あたりの日本海沿岸の海であろう。

この句の良さは「濁る」の一語であろう。

普通、春が近づけば、海がかがやくものである。

しかし、この海は「濁る」のである。

逆説的な表現によって、豊潤の海を表現することに成功した。

 

福永耕二は「馬酔木」編集長、「沖」同人として活躍し、水原秋櫻子に、

 

石田波郷の再来

 

と評価された逸材だったが、若くして亡くなった。

存命であれば今、80歳。

俳壇の重鎮として活躍していたことだろう。

 

今週の一句~春近し(はるちかし)  大谷句仏

春近き銀座の空を鴎飛ぶ    大谷句仏(おおたに・くぶつ)

 

(はるちかき ぎんざのそらを かもめとぶ)

 

 

大谷句仏は、大谷光演(おおたに・こうえん)で明治から大正にかけての浄土真宗の僧侶。

京都東本願寺第23代の法主である。

俳句は正岡子規、高浜虚子に学び、のちに独自の俳句の道を進んだ。

余談だが、東本願寺にしても、西本願寺にしても、法主は今も蓮如の子孫が継承している(…はずである)。

ということは「蓮如」の子孫ということになるだろう。

 

掲句。

まず、句の鑑賞より、銀座に鴎が飛んでいた、という風景に感嘆する。

今はそういう景色を見ることは出来ない。

考えてみれば昔、銀座から先は「海」だった。

海はどんどん奥へ奥へ埋め立てられていった。

銀座の先の「晴海」あたりに行けば、なんとなく「海の気配」を感じるが、いまや銀座に「海の気配」はない。

 

「銀座に鴎が飛んでいる」という景色が明るい。

おそらく私だけではないと思うが、「春近し」「春隣」などと聞くと、なんとなくウキウキした気分になる。

冬は冬でいいものだが、この寒さを考えると、春がもうすぐ…と思うと、明るい気分になる。

掲句はその情景が季語「春近し」とよく響き合っている。

「新宿」「渋谷」「池袋」など他の地と比べ、「銀座」には清潔感、高級感がある。

鴎の「白」が似合っている、と言っていいだろう。

 

今週の一句~雪(ゆき) 松尾芭蕉

 

馬をさへながむる雪の朝かな   松尾芭蕉

 

(うまおさえ ながむるゆきの あしたかな)

 

 

紀行文「野ざらし紀行」の中の一句。

 

旅人をみる

 

と「前書き」がある。

「野ざらし紀行」は芭蕉が「旅に生きる」と決めて最初の「旅」で、旅立ちに際し、

野ざらしをこころに風のしむ身かな

と、悲愴な思いを述べている。

ただ、名古屋あたりに着くと、だいぶ心が落ち着いてきている感がある。

名古屋には、芭蕉の門弟がたくさんいた。

芭蕉と名古屋の弟子たちは、「猿蓑」に先駆けて、「冬の日」という俳諧集を編纂した。

「おくのほそ道」のあと編纂された「猿蓑」は、蕉門俳諧の金字塔であるが、「冬の日」こそが蕉風俳諧確立の記念すべき俳諧集という評価がある。

いずれにしても、名古屋は芭蕉にとって、蕉門俳諧の重要な拠点のであり、心休まる地であっただろう。

掲句はその近辺での作。

 

掲句はまず「写生」が丁寧である。

雪が降ったから…かどうかはわからないが、馬がにわかにそわそわとしだした。

旅人はそれをなだめつつ、馬上から雪を眺めている…、そういう風景である。

「旅びとを見る」

とわざわざ前書きに書いているくらいだから、心に残る風景だったのだろう。

時代劇のワンシーンを見ているかのような、静謐で、趣の深い一句である。

 

 

 

 

今週の一句~福引(ふくびき) 菊地悠太

福引やイオンモールの午後にをり    菊地 悠太(きくち・ゆうた)

 

(ふくびきや イオンモールの ごごにおり)

 

都市近郊には、いまや必ず、広大な敷地に建つ「イオンモール」がある。

ここではショッピングを始め、飲食街、エステサロン、スポーツジムなどなど…。

ここなら一日、いや、広いところなら一日では回りきれないほど、様々な店舗や施設がある。

実に楽しい施設ではあるが、一方で、どの地域も、同じような風景になり、同じような家族の風景でもある。

そのことに少し、虚しさを感じないでもない。

 

掲句。

お正月風景である。

お正月というだけでも賑わいを感じるが、いろいろな店で行われる「福引」は、さらに混雑と賑わいを感じさせる。

掲句は「午後」というのがいい。

華やぎとけだるさがある。

おそらく、作者は「福引」にははしゃぐわけでもなく、淡々と周りの風景を眺めている。

その根底には、上記のような、現代のむなしさがある。

今週の一句~花八つ手(はなやつで) 中村草田男

八ツ手咲け若き妻ある愉しさに   中村草田男

 

(やつでさけ わかきつまある たのしさに)

 

 

最近は「シクラメン」「ポインセチア」など、冬でも目を楽しませてくれる草花が増えた。

…が、本来、冬は花のとぼしい季節である。

そんな中、(必ずしもそうではないが…)冬の日差しを浴びて咲いているのが花八つ手である。

 

草田男の結婚に関するエピソードは面白い。

俳人協会編の「脚注名句シリーズ 中村草田男」(だったと思うが…)にいくつか紹介されている。

今、その本が見つからないので、うろ覚えで書くが、草田男は10回以上の見合いをした、という。

そして最後に出会ったのが「直子夫人」であった。

ご息女の中村弓子さんに聞いた話だと思うが、お見合いの次の日、草田男は直子宅を突然訪れ、両親や直子さんに熱烈に結婚を申し込んだ、という。

この句は、

 

咲け

 

という言葉がいい。

心が豊かに弾んでいる。

とはいえ、冬の花八つ手である。

向日葵や薔薇ではない。

どこか静かに幸福を噛みしめている作者の心の安らぎも伺える。

この半年後だが、所用で家を空けた妻へ、草田男は、

 

妻二タ夜あらず二タ夜の天の川

 

の名吟を送った。

今週の一句~クリスマス 秋元不死男

へろへろとワンタンすするクリスマス   秋元不死男(あきもと・ふじお)

(へろへろと わんたんすする くりすます)

 

この句に出会った時の衝撃は忘れられない。

いわゆる「二句一章」ではあるが「一つの意味」として成立している。

 

聖夜に(おそらく一人で…)「へろへろ」と「ワンタン」を啜っている、という光景を詠んだものだが、「へろへろとワンタンをすする」と「クリスマス」との「二句一章」というり「二物衝撃」がまさしく「衝撃」だった。

 

いうまでもないが、聖夜は七面鳥(あるいはチキン)やケーキを食べるものである。

しかし、この作者は「ワンタン」を食べている。

しかも「ヘロヘロ」と情けなく…である。

ここから、一人寂しく聖夜を過ごす、中年男(?)のわびしい姿が浮かぶ。

 

しかし、どうであろうか。

これは、この人だけの特別な世界であろうか?

今は楽しい聖夜を過ごしている人も、過去には(さすがにワンタンは啜らないまでも…)、そんな寂しい聖夜を過ごしたことがあるのではないか。

また、今、そういう状況の人もいるかもしれない。

そういう意味ではこの句には「普遍性」…というと大げさだが、「共感」出来るものがある。

 

また、この句には、日本人の「クリスマス狂騒」への冷めた視線も感じる。

聖夜の意味を、どれだけの日本人が理解しているかどうか。

そういうことを考えると、作者は、ワンタンをすするという「日常」を、クリスマスに「ねじ込んだ」とも言える。

 

それにしても「ワンタン」と「クリスマス」を取り合せた力量にも感心するが、「へろへろ」というのがいい。

ある意味、これも立派な「写生」だ。

たしかに「ワンタン」はへろへろとすするものである。

 

 

 

今週の一句~義士の日(ぎしのひ) 吉田鴻司

義士の日のいつとはなしの円座かな  吉田鴻司(よしだ・こうじ)

 

(ぎしのひの いつとはなしの えんざかな)

 

旧暦12月14日は大石内蔵助の播磨赤穂の浪士47名が、江戸両国の吉良上野介邸へ討ち入りをした日である。

元禄15年(1702)のことである。

昔はこの時期、必ずどこかのテレビ局がテレビドラマを制作し、放映していたが、私の知る限りでは、今年は一つも放映されていなかった。

時代であろう。

ただ、ちょっと前までは「12月14日」といえば必ずドラマ放映がされ、見ているほうもちょっと食傷気味だったし、製作するほうもネタ切れになっていたような気がする。

今は「小休止」と考えればいいのではないか。

 

掲句。

「円座」が効果的だし、「いつとはなしの」の表現も心憎い。

酒盛りをしているうち、話に夢中になり、いつのまにか円座を組んで話し込んだ…という風景。

その時ふと、かつて赤穂浪士の討ち入りの密談も、こんな感じだったのではないか、と思ったわけだ。

 

「円座」という言葉には「絆」を感じる。

初対面の人同士で「円座」は想像しにくい。

作者を考えれば、これはきっと気の知れた仲間たちとの「俳句」に関する熱い議論だったのだろう。

俳句の議論にしても、討ち入りの密談にしても、共通しているのは「熱い志」である。

 

ところで、この「義士の日」だが、先ほども言ったように「12月14日」であり、他に「義士会」「討ち入りの日」などとも言う。

似たような季語に

 

義士祭

 

というのがある。

これは「春」の季語で、4月1日から7日まで、赤穂浪士の墓がある港区泉岳寺で行われる行事である。

よく混同して、この時期に「義士祭」として、句を出す人がいるので、句会でも注意してきたが、最近は、12月14日を「義士祭」とする場合もある。

なにより、泉岳寺自体が12月14日に「義士祭」を開催するようになったのだ。

また、人から聞いた話だが、兵庫県赤穂市でも12月14日に「義士祭」を開催しているらしい。

そうなると「義士祭」も12月14日と考えても間違いではなくなってきた。

季語も少しずつ変わってゆくのだろう。

今週の一句~冬桜(ふゆざくら) 渡邉美保

矢印の最後は空へ冬桜    渡邉 美保(わたなべ・みほ)

 

作者は第29回俳壇賞を受賞している。

しっかりとした写生力を底力に、

 

けむり茸踏んで花野のど真ん中

すかんぽの中のすつぱき空気かな

拾ひたる昼の蛍を裏返す

割るためにバケツから出す薄氷

紋白蝶呼んで弁当開きけり

 

など、多彩な作品を展開している。

 

掲句。

清らかで、のびのびとした感性が冴える作品。

公園などの散策風景であろう。

「順路」などを示した「→」に沿って進んでゆくと、最後は「↑」…。

つまり、最後は「天」を指して終わっていた…、というのだ。

 

誰かが「いたずら」をした、と考えてもいいが、それでは面白くない。

これは「虚」、つまり「文学的虚」と考えるべきである。

ここに作者の詩の世界の柔軟さを見ることが出来る。

 

一部、いや、多くの俳人が、今もって「虚」を軽んじ、嫌うのは残念なことである。

「虚」と「嘘」を混同している。

「虚」こそ、古代より詩歌人の美意識、詩精神が作りあげて来たものではないか。

大和の神々、京のもののけ、鎌倉の怨霊…、これらはみな先人たちが作り上げて来た「虚」である。

神々しい清らかな風景に出会った時、神を感じ、周囲1メートルしかない夜の灯りの他はすべてもののけが支配していると信じ、切通を抜ける風や竹藪の音に無念で散ったもののふの憾みの声を聞く。

これらはすべて先人たちの感性が作り上げた虚である。

もし、私たちの世界、特に文学世界の中に「虚」がなければ、どれほど貧しくつまらないものかを考えてみるといい。

「源氏物語」だって「おくのほそ道」だって大いなる虚である。

ここはそのまま、まるで神の啓示のごとく矢印が「天」を向いていた、と考えるべきである。

 

季語「冬桜」もいい。

冬の抜けてゆくような青空が見えるからだ。

輝くような青空の中にかすかに震える冬桜の白が神々しい。

俳句…というか、日本の文学には「虚に遊ぶ」という心が必要であることを示した一句と言えよう。

今週の一句~十二月(じゅうにがつ)  森 澄雄

さまざまの赤き実のある十二月    森 澄雄(もり・すみお)

 

いわれてみればそうだと思う。

南天の実、一位の実、青木の実、みな赤い。

最近では街路樹のアメリカ花水木の赤い実や、庭のピラカンサなども赤い実をつける。

あたりが冬ざれてゆく中、これらの実はどこか、寒さを和らげてくれてる温かみを覚える。

 

松尾芭蕉の句に、

 

菊のあと大根の外更になし

(きくのあと だいこんのほか さらになし)

 

がある。

菊のあとには大した花はない…、というが大根の花があるではないか、と言っている。

今の私たちは、外国から入って来たシクラメンやポインセチアなど、冬でも眼を楽しませてくれる植物に囲まれている。

しかし、芭蕉の句のように、昔は菊など、秋の花が終われば、春になるまで「これ」という花はなかったようだ。

さぞ殺風景であっただろう。

それはそれで良かったのか、今のほうがいいのか、それは個人の考えだろう。

澄雄さんの句がいいのは、寒々とした中に「あたたかみ」を見い出していること。

俳句を作ることを「ひねる」という。

これは俳句特有の言い回しで俳句の特性をよく表している。

小説をひねる

詩をひねる

短歌をひねる

とは言わない。

俳句だけが「ひねる」ものなのだ。

 

聖から俗(またはその逆)

静から動

明から暗

 

などのように…。

この句は、

 

から暗

から寒

 

と言えよう。

寒いからと言って、閉じこもっておらず、積極的に生命の息吹を感じる。

澄雄さんといえば近江吟が有名。

澄雄さんは晩年、寝たきりになっても近江を思い、近江を詠った。

風景に触れることは命に触れることである。

澄雄さんの句にはそれを生涯貫いている。