今週の一句~茅花流し(つばなながし) 角川照子

 

 

もう一度茅花流しに立ちたしよ    角川 照子(かどかわ・てるこ)

 

「茅花流し」は初夏の季語。

茅花が絮状になる頃に吹く風のことである。
しかし、私は、「茅花」の群れを吹き抜ける風、そしてそれにたなびく「茅花」の群れと鑑賞したい。

歳時記には、

雨気を含んだ南風を指す

ともあるが、夏の爽やかな風をも私は感じる。

 

掲句は「河」主宰、角川照子先生の絶唱。

句意は字の通り。

照子先生の句はどれも素直で、正直である。

自分の死を間近に意識した時、先生が思い出した風景は茅花流しに佇む風景だった。

夫・角川源義の句に、

 

妻恋へば七月の野に水の音

 

があるが、私は、いつもこの句とセットで掲句を考える。
 
源義が、妻を恋う。
 
その恋しき、照子先生は茅花流しに佇んでいる。
 
そんな風景がいい。

名ある星春星としてみなうるむ     山口誓子(やまぐち・せいし)

(なあるほし しゅんせいとして みなうるむ)

山口誓子というと即物的抒情、硬質な抒情というイメージがある。

かりかりと蟷螂蜂の皃を食む
(かりかりと とうろう はちの かおをはむ)

夏草に汽罐車の車輪来て止る 
(なつくさに きかんしゃのしゃりん きてとまる)

夏の河赤き鉄鎖のはし浸る
(なつのかわ あかきてつさの はしひたる)

こうして見ると誓子の作品は、どの句も一本の鋼のように直立している。
「立句」というものとは少し違うかもしれないが、その「立姿の厳しさ」という点に於いては合い通じるものがあるだろう。

掲句は、それらと比べて叙情的なムードがある。
それはやはり「みなうるむ」という表現にあるだろう。
しかし、この一句の「立姿の厳しさ」は誓子らしい一句と言える。

名ある星とは、金星、火星はもちろん、ミザル・プロシオン・カペラ・アンタレス・アルタイル、そして誓子が結社誌名とした「天狼(てんろう)」つまりシリウスもある。
それら壮大な天体ショーをつかさどる星々が春のあたたかな夜の中で、やはらかな光りを滲ませている。
厳しい寒さのゆるび、それが全宇宙にさえ及んでいるような、大きな力を感じているのであろう。

ようやく春の長雨も終わった。
日中はあたたかくても、夜は急に冷え込む日が続いたが、最近は夜もあたたくなった。
夜空を見上げても寒くなくなった。
掲句が実感として感じることができる。

今週の一句~春風(はるかぜ)  与謝蕪村

春風や堤長うして家遠し     与謝蕪村(よさ・ぶそん)

 

(はるかぜや つつみなごうして いえとおし)

 

最近になってこの句の良さ…というかテクニックに気が付いた。

この句は「堤」=「長い」、「家」=「遠い」という空間が存在する。

どちらも短い、近い空間ではなく、長い、遠い空間である。

それは蕪村の「郷愁」が持つ「空間」と考えていい。

この「家」はきっと蕪村の故郷の家なのである。

 

蕪村の生い立ちには「謎」が多いが、なんとなく複雑であったようである。

その郷愁の思いは、

春風馬堤曲

に集約されているので、それを見てほしい。

 

句オデッセイ~春風馬堤曲

 

「郷愁の空間」への誘うのが「春風」なのだ。

春風に吹かれ、蕪村の体も、そして心も、いや…堤を歩く、蕪村の「体」を置いて、「心」が春風に乗って、その郷愁の空間へと深く入っている…、そういう句ではないか。

そして、その春風はどこまでも伸びやかで温かい。

母の懐のような風なのだろう。

今週の一句~種蒔(たねまき) 中村草田男

種蒔ける者の足あと洽しや    中村草田男

 

(たねまける もののあしあと あまねしや)

 

 

「種蒔く」というと、いろいろな作物の「種」を蒔くのかと思っていた。

どうやら「苗代」に「稲の種」つまり籾殻を蒔くことをいうそうだ。

 

しかし、この句はどうだろう。

一読、ミレーの『種蒔く人』を想起する。

草田男は西洋に対する敬意が強い。

ヨーロッパの詩はもちろん、西洋哲学、西洋音楽にも深い造詣があった。

推測だが、おそらく、この句には日本古来の稲作より、ミレーの『種蒔く人』が念頭にあったような気がする。

私は俳句というのは、このように「自分が信じる美学」によって変貌させてもいいものだと考える。

そうでなければ俳句は芸術たり得ない。

そのことを強く打ち出した、唯一の存在が草田男だった。

 

今週の一句~春暁(しゅんぎょう) 飯田龍太

春暁のあまたの瀬音村を出づ    飯田龍太(いいだ・りゅうた)

 

(しゅんぎょうの あまたのせおと むらをいず)

 

龍太の故郷、山梨県笛吹市の風景であろう。

春の朝早くの早瀬の音は清廉そのものであろう。

しかし、この句にはどこか哀切がある。

それは「村を出づ」という表現にある。

深読みをすれば、自分はこの村を離れることが出来ない、という寂しさが、この句にある。

瀬音の音が清廉であればあるほど、作者の心を胸打つのではないだろうか。

 

今週の一句~春の空 坪内稔典

ゆびきりの指が落ちてる春の空     坪内稔典(つぼうち・ねんてん

 

(ゆびきりの ゆびがおちてる はるのそら)

 

「指」というと、この句と、

 

秋風やひとさし指は誰の墓     寺山修司

 

を思い出す。

どちらも一読、ドキッとする。

「季語」の付け方が、この作者たちの違いを浮き彫りにしている。

寺山の句の「秋風」は、どこか「憂鬱」で、寺山俳句の詩情を象徴している。

 

稔典さんの「春の空」は明るい。

もちろん、一句全体が明るいわけではない。

ただ、「春の空」が憂鬱だの、淋しさだの、そういう深刻さを打ち消している。

「ゆびきりの指が落ちている」という深刻さをだ。

 

稔典さんの俳句というと、「意味」や「詩情」より「調べ」を優先しているよう思える。

が、こういう句を見ると、やはりそれだけではない。

きっと稔典さんの句には、深い思索があり、それを極限まで「か細く」して、俳句の醍醐味である「軽い調べ」に乗せる。

それが稔典俳句の一つの手法ではないか。

今週の一句~春風 夏目漱石

春風の吹かれ心地や温泉の戻り   夏目漱石

 

 

(はるかぜの ふかれごこちや ゆのもどり)

 

この句を見ると、いつも「坊っちゃん」の一節を思い出す。

 

何を見ても東京の足元にも及ばないが、温泉だけは立派なものだ。

 

東京から、数学教師として松山へ赴任した「坊っちゃん」は道後温泉をすっかり気に入り、毎日のように温泉へ通う。

その温泉帰りの坊っちゃんの心持を詠んだようである。

 

この句は「吹かれ心地」という言葉がいい。

あとは「はるかぜ」「温泉の戻り」と、普通…というかありふれた言葉である。

「吹かれ心地」こそがこの句に命を吹き込んでいる。

「吹かれ心地」とはどんな心地だろう、と思うが、なんとなく、誰もが想像出来る。

きっと、そこがいいのだ。

今週の一句~春来たる(はるきたる) 福永耕二

鱈の海濁るは春の来つつあり   福永耕二(ふくなが・こうじ)

 

(たらのうみ にごるははるの きつつあり)

 

「鱈」は冬の季語で、寒冷な海に生息する。

「鱈の海」とは東北、北陸あたりの日本海沿岸の海であろう。

この句の良さは「濁る」の一語であろう。

普通、春が近づけば、海がかがやくものである。

しかし、この海は「濁る」のである。

逆説的な表現によって、豊潤の海を表現することに成功した。

 

福永耕二は「馬酔木」編集長、「沖」同人として活躍し、水原秋櫻子に、

 

石田波郷の再来

 

と評価された逸材だったが、若くして亡くなった。

存命であれば今、80歳。

俳壇の重鎮として活躍していたことだろう。

 

今週の一句~春近し(はるちかし)  大谷句仏

春近き銀座の空を鴎飛ぶ    大谷句仏(おおたに・くぶつ)

 

(はるちかき ぎんざのそらを かもめとぶ)

 

 

大谷句仏は、大谷光演(おおたに・こうえん)で明治から大正にかけての浄土真宗の僧侶。

京都東本願寺第23代の法主である。

俳句は正岡子規、高浜虚子に学び、のちに独自の俳句の道を進んだ。

余談だが、東本願寺にしても、西本願寺にしても、法主は今も蓮如の子孫が継承している(…はずである)。

ということは「蓮如」の子孫ということになるだろう。

 

掲句。

まず、句の鑑賞より、銀座に鴎が飛んでいた、という風景に感嘆する。

今はそういう景色を見ることは出来ない。

考えてみれば昔、銀座から先は「海」だった。

海はどんどん奥へ奥へ埋め立てられていった。

銀座の先の「晴海」あたりに行けば、なんとなく「海の気配」を感じるが、いまや銀座に「海の気配」はない。

 

「銀座に鴎が飛んでいる」という景色が明るい。

おそらく私だけではないと思うが、「春近し」「春隣」などと聞くと、なんとなくウキウキした気分になる。

冬は冬でいいものだが、この寒さを考えると、春がもうすぐ…と思うと、明るい気分になる。

掲句はその情景が季語「春近し」とよく響き合っている。

「新宿」「渋谷」「池袋」など他の地と比べ、「銀座」には清潔感、高級感がある。

鴎の「白」が似合っている、と言っていいだろう。

 

今週の一句~雪(ゆき) 松尾芭蕉

 

馬をさへながむる雪の朝かな   松尾芭蕉

 

(うまおさえ ながむるゆきの あしたかな)

 

 

紀行文「野ざらし紀行」の中の一句。

 

旅人をみる

 

と「前書き」がある。

「野ざらし紀行」は芭蕉が「旅に生きる」と決めて最初の「旅」で、旅立ちに際し、

野ざらしをこころに風のしむ身かな

と、悲愴な思いを述べている。

ただ、名古屋あたりに着くと、だいぶ心が落ち着いてきている感がある。

名古屋には、芭蕉の門弟がたくさんいた。

芭蕉と名古屋の弟子たちは、「猿蓑」に先駆けて、「冬の日」という俳諧集を編纂した。

「おくのほそ道」のあと編纂された「猿蓑」は、蕉門俳諧の金字塔であるが、「冬の日」こそが蕉風俳諧確立の記念すべき俳諧集という評価がある。

いずれにしても、名古屋は芭蕉にとって、蕉門俳諧の重要な拠点のであり、心休まる地であっただろう。

掲句はその近辺での作。

 

掲句はまず「写生」が丁寧である。

雪が降ったから…かどうかはわからないが、馬がにわかにそわそわとしだした。

旅人はそれをなだめつつ、馬上から雪を眺めている…、そういう風景である。

「旅びとを見る」

とわざわざ前書きに書いているくらいだから、心に残る風景だったのだろう。

時代劇のワンシーンを見ているかのような、静謐で、趣の深い一句である。