辻村麻乃句集『るん』が毎日新聞で紹介されました!

屋根に屋根に重なる街や鰯雲    辻村 麻乃

 

句集「るん」(俳句アトラス)から。

作者は1964年生まれ。

埼玉県朝霞市に住む。

今日の句の街には黒い瓦屋根が広がっているのだろう。

もちろん、赤い石州瓦の屋根でもよい。

地上(街)と空(鰯雲)を取り合わせて、この句は鮮明な言葉の絵になっている。

もっとも、「屋根に屋根重なる街」は、今ではもう過去の風景か。

 

毎日新聞(2018年9月28日)「季語刻々」(今) 坪内稔典

行方克巳~辻村麻乃句集『るん』を読む

句集『るん』を読む   行方克巳~「知音」共同代表

 

 句集『るん』を荒読みし、またじっくりと読み返してみて、多少の戸惑いを感じながら、この文章を書き始めた。

しかし、私流の視点で読んでゆくほかはあるまい。

豆腐屋の声遠ざかる四温かな

谷底に町閉ぢ込めて鳥曇

春昼や徒歩十分に母のゐて

紙風船破いたやうにポピー咲く

母留守の家に麦茶を作り置く

目瞑りて話す男の夜長かな

読み初めは野菜とろとろ煮る時間

 これらの句は、私が日頃馴染んでいる仲間達と全く同じスタイルといってよい。

 私の麻乃さんのイメージとは大分異なる。

<わが師系風生敏郎草の花>という拙句があるが、私の句も句の読み方も師系とそれほど外れてはいない。

そしてここにあげた麻乃さんの句は、まさに私達の詠み方なのである。

「豆腐屋」の句は、四温という季がよく働いている。

「谷底」の句は、「閉ぢ込めて」が作者らしいところだろう。

「麦茶」の句には、母自身は登場しないが歩いて10分ほどの所に住んでいる母親との日常的関わりがよく見えてくる。

「目瞑りて」の句はある種の男が彷彿する。

「とろとろ」というオノマトペの用い方はまことに当を得ている。

 就中「紙風船」の句に私は心を引かれた。ポピーの咲きざまを、まるで紙風船を破いたようだと形容したその視線には単にそのものの形状を写し取ろうという以前に、作者の詩的直感が働いている。この比喩には作者の個性が垣間見えていよう。

電柱の多きこの町蝶生まる

屋根に屋根重なる街や鰯雲

 麻乃さんの住む町の一端が過不足なく紹介されている。

しかし、どうやら麻乃さんの俳句の向うところは少し異なる方向にあるようだ。

カピタンの女郎部屋にも春埃

雛の目の片方だけが抉れゐて

砂利石に骨も混じれる春麗

夜学校「誰だ!」と壁に大きな字

 カピタンの句を私は正確にパラフレーズすることはできないが、「カピタン」「女郎部屋」「春埃」と並べると何か不思議な空間が顕ち現われてくるような気がする。

 片目が抉られている雛のイメージはまことにおぞましい。

 事実ありのままというより、作者の心象風景の中で形成されたイリュージョンと言っていいと思う。

 そういう素地が作者の心奥に存在するということだ。

 麻乃さんは私の知る限り、いつでもまことに屈託がなさそうに見える。

 この句はその麻乃さんの心奥を覗き込むような恐ろしさがある。

 砂利に混在する骨も同様、「春麗」という明るい季で収めているだけ、より不気味である。

「誰だ!」とは一体何を意味するのかは全く分からない。

 しかし、壁に大書された「誰だ!」もまた、作者の心の叫びなのかも知れない。

句集の帯に、

詩人・岡田隆彦を父に、

俳人・岡田史乃を母に、

詩歌の世界から

生まれてきた作者…

とある。

 岡田隆彦氏は慶大卒の詩人で、かつて三田文学の編集長であった。

 私は未見であるが、彼には『史乃命』という詩集があるという。

 その史乃さんについて、いくつもの句が『るん』に鏤められている。

母留守の納戸に雛の眠りをり

振り向きて母の面影春日傘

母からの小言嬉しや松の芯

母入院「メロン」と書きしメモ一つ

母見舞ふ秋空へ漕ぐペダルかな

帰りたいと繰り返す母冬夕焼

 お母さんは自分の思いをストレートに伝える人のようだ。

 健康を損ねて入院した時も自分の意思をそのまま作者に伝えようとする。

「メロン」とだけ書いた走り書きは、大好きなメロンを持って来るようにとの厳命だろう。

 早く退院して家に帰りたいという気持ちを、まるで子供のように露わにするのもいかにも史乃さんらしい。

 父親の隆彦氏に対する作者の思いはかなり複雑なようだ。

凡人でありし日の父葱坊主

夏シャツや背中に父の憑いてくる

神無月父だけのゐる神道山

おお麻乃と言ふ父探す冬の駅

 早くに世を去った父隆彦氏は麻乃さんにとってきわめて大切な存在であり、それは今でも変わることはない。

 普段の父は、よその誰の父親とも変わることのない、只のやさしい父である。

 しかし、彼女が何らかの思いにとらわれて身動きできないような時、ともすれば後退を余儀なくされそうな時、そんな時自分の思いを前へ前へと推し進めてくれるような不思議な父の手を感じる。

 自分を強く支えてくれるような父の手を背中にはっきりと感じるのである。

 麻乃さんには、大人になり切ることを拒むかのようなそんな意識があるのでは、と思うことがある。

 いつまでも父の子供でいたいという願望―――。

 それが彼女の屈託のなさ、天真爛漫な人となりにつながっているように思う。

「やあ麻乃! こっちにおいで」という父の声を今でも追い求めているのだ。

 最初に私の感じた戸惑いはこのような麻乃さんの魂の経歴が作用していたのかも知れない。

『るん』には私の師系の句を読むようにすんなりと腑に落ちる部分と、そうでない部分が明らかに混在している。

 これは俳と詩の混在ともいえるかも知れない。

 まさに<身ぬちにも父母のまします衣被>の、父母の混在である。

 これまで私が取り上げてきた句は、俳句表現と詩的モチーフがよいマッチングを見せていた句である。

 俳句は十七音の言語表現であるから、ある意味での正確性も必要とされる。

 例えば、

昨日から今日になる時髪洗ふ

という句、理屈っぽいようだが、昨日から今日になるのではなくて、今日が明日になり、明日になってはじめて昨日が存在し得るのである。

 松の木小唄の「雪に変わりがないじゃなし」と同じように受容してもよさそうではあるが、私にはやはり気になることの一つである。

春疾風家ごと軋む音のして

については、「春疾風」「軋む」とあれば下五の「音のして」は蛇足となる。

下五に別の工夫が必要だろう。

 

最後に私が最も興味を持った一句を上げて了りたい。

思春期や怒つた顔で薔薇を買ふ

 作者には、

小袋に蜜柑を入れて子は家出

の句があるが、この只今思春期まっ只中の少女(?)は麻乃さんのお嬢さんか。

一句に、かつての自己を投影させているのは確かであるが、複雑な青春時代の微妙な心のありようを活写した句として深く印象に残った。

 こうして気ままに『るん』を読んでみて感じるのは、この作者はきっと何かを匿し持っている、という予感である。

それがどのように発展するか分らぬが、そういう印象を強く持ったということを書き添えて置きたい。

NEWS~小澤冗「鴻」同人句集『ひとり遊び」出来ました!

 

小澤冗句集『ひとり遊び』

さっきまで奈良県にいて、事務所に戻ると印刷株式会社より、小澤冗さんの句集の「見本」が届いていた。

小澤冗さんは「河」で研鑽し、現在は「鴻」の主要同人として活躍している。

「ひとり遊び」という句集名は、

 

茶が咲いてひとり遊びといふ齢

 

から取っている。

これについて冗さんは「あとがき」でこう書いてある。

「ひとり遊び」とは、自分の余生は自らの責任で充実させていくのだと言い聞かせ実践していこうとの決意から斯様な句を詠んだこともあって、この題名を選んだ。

つまり、この「ひとり遊び」とは、冗さんにとって「俳句」なのだと思う。

もちろん、俳句以外もあるだろうが、その大きな一つが「俳句」であった、と考えていい。

 

私は編集者として帯に、

 

人生諷詠の現代の形

 

と入れた。

 

帯裏の自選十二句からいくつかを紹介しよう。

一病は一芸のうち実南天

ペースメーカー撫でて柚子湯に浸りをり

これは自身のご病気を詠った句。

ペースメーカーを入れながら、現在では、俳句講座の指導などもされている。

津軽じよんがら三日続きの雪となる

妻のこゑ忘れぬやうに浮いて来い

奥様の故里は青森、先年、すい臓がんで亡くなられた。

呟きの泡を吐きたる田螺かな

この句については、跋文で「鴻」編集長の谷口摩耶さんが触れているので引用しよう。

平成29年4月、俳人協会主催「花と緑の吟行会」が市川市で開催され、冗さんも手伝いに駆り出されていたが、その忙しい最中に投句した句である。

四百名という異例の参加者の中で、見事、選者の片山由美子氏の特選に選ばれた冗さんは、新たな一歩を力強く踏み出したのである。

この句も人生諷詠の一つのスタイルと考えていい。

「田螺」は作者の投影なのである。

「鴻」では吟行競詠1位を獲得したり、特別功労賞を受賞されている。

充実した作品群をぜひ読んでいただきたい。

 

なお、この本の装丁のデザインは中澤睦夫さん。

新しい句集の装丁を切り開きたい、と思い、建築雑誌のデザイナーである彼にお願いした。

カバーにも帯にも「水輪の模様」が入っている、これまでにないデザインを考えてくれた。

印刷所もミスなく仕上げてくれた。

初めてのデザイナー、初めての印刷会社との仕事ということでひさびさ緊張したが、いい句集が出来た。

 

加藤房子句集『須臾の夢』~「鳰の子」8・9月号で紹介されました!

加藤房子句集『須臾の夢』が「鳰の子」8・9月号「句集に学ぶ」(執筆・岩出くに男)で紹介されました。

柴田多鶴子「鳰の子」主宰のご承諾を頂き、転載します。

 

本書は著者の第二句集である。

長年の俳句活動の極みか、読み手に感動を与えてくれる句が多く、心に残る句集である。

七変化終の一手の惚けぶり

春の雪誤解そのまま埋めゆく

白梟首をぐるりと月隠す

夕凪や地球は自転止めてをり

だが、この句集の白眉は、夫君を亡くされた時の著者の句の数々である。

読みながらある種の哀しみと慟哭を共有せずにはおられなかった。

その内の幾つかを上げる。

今生の息一線を曳き凍つる

白骨の余熱は未練冬の薔薇

誰も居ぬ鍵開け寒の灯をひとつ

その先は落花に託し納骨す

これらの句を読みながら、追悼のもっとも素晴らしい文学形式は俳句であると感じた。

散文では、これらの句を読んだ後の余韻に遥かにおよばない。

省略の文は、言いつくす散文にまさる例を実感させて頂いた。

感謝。

(岩出くに男)

加藤房子『須臾の夢』~「雲の峰」2018年8月号で紹介されました!

加藤房子「千種」代表の句集『須臾の夢』が、朝妻力主宰の「雲の峰」2018年8月号で紹介されました。

朝妻主宰の許可をいただき、転載します。

「俳句アトラス」のことも書いていただき、感謝です。

 

著者は昭和九年五月十日生れ、横浜に育つ。

四十年「風花」入会、四十六年退会。

五十三年、小枝秀穂女に師事、六十年「蘭」入会、六十三年「秀」創刊に参加、「蘭」退会。

平成三年「秀」同人、「女性俳句懇話会」入会、六年秀賞受賞、十八年秀賞(二回目)受賞、十九年「秀」終刊、二十年「千種」創刊代表。

現在、俳人協会会員、横浜俳話会副会長。

著者六十歳の区切りとして上梓した第一句集『天平の鐘』に続く第二句集五百二十五句である。

あとがきに「この句集の上梓は私の生きた証として娘や息子に残すべく纏めた作品であり、敢えて選句は自分一人で行った」と記す。

以下、所収句より

落とされし生命鮮やか桃摘花

白梟首をぐるりと月隠す

晦日蕎麦過去も未来も須臾の夢

惜命の朝の茜や神帰る

楽しとは生涯未完亀鳴けり

うらぎりの快楽に眠る冬の蛇

大仏に背負はれて山笑ひけり

出版社「俳句アトラス」は林誠司「俳句界」前編集長の起こした会社である。

―「雲の峰」(朝妻力主宰)2018年8月号「句集・著作紹介」(執筆・播广義春)より転載―

刊行句集のご紹介~辻村麻乃『るん』

辻村麻乃句集『るん』

『るん』

著者:辻村麻乃(つじむら・まの) 「篠」副主宰、「ににん」同人 (第二句集)

詩人・岡田隆彦を父に、

俳人・岡田史乃を母に、

詩歌の世界から生まれて来た作者の待望の第二句集!

序文:筑紫磐井

跋文:岩淵喜代子

収録作品

出会ふ度翳を濃くする桜かな

春嶺や深き森から海の音

燕の巣そろそろ自由にさせようか

谷若葉詩の立つ瞬間摑みけり

姫蛍祠に海の匂ひして

正座して足の黒子に夏日さす

蛇の目を映す少女が歪みをり

鳩吹きて柞の森にるんの吹く

夜学校「誰だ!」と壁に大きな字

鮭割りし中の赤さを鮭知らず

おお麻乃と言ふ父探す冬の駅

冬霧の三ツ鳥居より蜃に会ふ

 

〈著者略歴〉

1964年 東京生まれ

1994年「篠」入会

2006年 第1句集『プールの底』

「篠」編集長、副主宰。「ににん」創刊同人。

俳人協会埼玉県支部事務局世話人、現代俳句協会会員。

刊行句集のご紹介~日下野仁美編著『花暦吟行集』

日下野仁美編著『花暦吟行集』

『花暦吟行集』(はなごよみぎんこうしゅう)

編著者・日下野仁美(ひがのひろみ)「海」副主宰

 

朴落葉風の仮面を拾ひけり    仁美

 

「海」創刊35周年記念出版

平成18年~29年まで、日下野仁美指導の吟行句会「花暦句会」のアンソロジー。

東京、埼玉、神奈川、千葉の名所景勝地を巡った、11年間、計130回続いた吟行会の成果。

収録作品より日下野仁美吟行句

身にしむや文字の乱るる仰臥録…子規庵

花は葉に夢食ふ獏は檻の中…上野動物園

朝顔市昔ながらの色を買ふ…入谷朝顔市

寒紅梅こもれ日ほどの花の数…湯島天神

浄め塩踏みて火渡り始まれり…高尾山火渡り祭

銀杏落葉ゴッホの色を拾ひけり…神宮外苑

鰐口の一打にひらく梅の花…中山法華寺

薄氷の解けて流れに加はれり…深大寺

花散るや命惜しめと言ふやうに…飛鳥山

袱紗解くごとくにひらく花菖蒲…明治神宮御苑

あるだけの福を飾りて大熊手…富岡八幡宮、深川不動

一と吹きに七色となるしやぼん玉…昭和記念公園

 

【編著者紹介】

日下野仁美(ひがの・ひろみ) 

茨城県生まれ、東京都世田谷区在住

「海」副主宰 俳人協会会員 東急カルチャースクール講師

平成3年  「海」入会

平成12年 「海」同人

平成16年  第一句集『花暦』

平成23年  第二句集『風の扉』

平成26年 「海」副主宰

第16回海賞、第19回海虹賞、海同人賞、第1回海珊瑚賞

第20回世田谷文学賞

第10回黒船祭下田市長賞、第14回黒船祭下田市長賞

第4回俳句界賞

第1回文學の森大賞優良賞

第6回俳句四季全国俳句大会大賞

第29回江東区芭蕉記念館時雨忌賞

 

広渡敬雄~加藤房子句集『須臾の夢』鑑賞

『須臾の夢』加藤房子

 

 

 

加藤房子句集第二句集『須臾の夢』を読む   広渡敬雄

「多面性の中の揺るぎない個性」

 

 

 遊ばんかかやつり草の蚊帳の中 

 紙ふうせん富山の薬種匂ひけり 

 青鬼灯むかし子供に癇の虫   

 蚊帳吊草の茎を両端から二つに裂いて、蚊帳を吊った様な四角形を作って遊んだ子供達。

 富山の売薬のおまけの紙風船に、かすかに薬材の香が染み込んでいる、とは薬剤師である作者ならではの直感。

 そう言えば、子供が発作性の痙攣を起こすと、よく虫封じに鬼灯の実をしゃぶらせたものだ。どれも郷愁を誘う句ばかりである。 

 

 紀の国の筍流し山揺るる 

 枡席に遍路と並ぶ渋団扇  

 御師の家の富士伏流の水の秋 

 星流れ流れ砂漠の闇無限  

 胡旋舞の胸乳を揺らす秋の燭 

 旅吟句は、その地への同化が詩を生み出す。

「筍流し」とは珍しい季語だが、筍が生える頃の雨の気配を伴う南風である。

 年間降雨量が多く重畳たる紀州の山々を揺らすとは、当地でしか詠め得ないし、金毘羅歌舞伎を遍路と共に観劇するのもいかにも讃岐らしい。

 富士講の案内・宿泊の御師の家。ご神体の富士山からの伏流水への視点は俳人らしく、見上げれば晴天の空に富士山頂が凛々しい。 

 海外詠では、ゴビ砂漠の絶え間ない流星に砂漠の闇は更に深まり、その夜の燭の中、胡族のダイナミックな踊りが眩しい。

 

 海底に珊瑚の嬥歌月今宵  

 寒満月張子の兎跳ねてみよ 

 月光に抱かれ孕む今年竹  

 想像力豊かな句、戯けた句も作者の多面性の一つだが、かぐや姫伝説を彷彿させる句は、月を通じて作者のロマン性も垣間見られる。

 

 人柱たてし長堤早稲匂ふ  

 読み初めは秩父一揆の起請文  

 青山河昼月あはき義民の碑   

 亡びの者への暖かな視線と慈しみが随所に詠われる。

 人柱を立てた堤は洪水を防ぎ、豊かな実りで集落に恵みを齎す。

 逆徒とされた秩父一揆、椋神社への誓紙を読初とし当時の秩父の民の困窮ぶりに義憤を感じる。

 お上に禁制の徒党を組んだ為、指導者を祀ることが許されぬ中、密かに祀った供養碑に中七の措辞が冴える。

 

 桐一葉母の命の澄みてきし   

 はまつ子の父の忌や夜の遠霧笛 

 臨終の母への絶唱と遠霧笛を通じて浜つ子の父への追憶が募る。

 

 秋を痩せ夫に左右の長寿眉 

 今生の息一線を曳き凍つる  

 霜の草殯四日を声もなく  

 白骨の余熱は未練冬の薔薇  

 誰も居ぬ鍵開け寒の灯をひとつ 

 渾身の介護にも拘わらず、最愛の夫君が長逝しその慟哭の句は、読者に切々と迫り、誰も居ぬ冷え切った自宅は悲しみの極致である。

 

 あさつての夢は天界虹渡る 

 虹渡る途中がよろし幕切れは 

「虹」を通じて天上の世界への憧れを詠う。

 そこはかとなく艶があるままの幕切れへの望みは、作者の矜持を見る思いもする。

 

 新涼や掌を置けば石ものを言ふ 

 日照雨過ぐ苔寂光土茅舎の忌  

 黄身を抱く涙こんもり寒卵   

 暑さがやや収まり炎天で焼け付いていた石も新涼の有難さに浸り、作者に語りかける。

 川端茅舎の〈ぜんまいののの字ばかりの寂光土)に対し、日照雨後の青々しい苔寂光土、著者らしい美意識である。

 滋養豊かな寒卵は、割って皿に移すと、黄身の周りに卵白が盛り上がるが、その色が涙色とは生命そのものも意識させる佳句である。

 

 身ほとりのもの捨て冬の星残る

 散骨の森の転生の吾が茂る

 自身の命を見定め、生きて来た証を捨て去る断捨離の句は切ないが、その転生には、青々とした森の一員としての茂りを意識する。

 

 夏の霧寡婦も湿生花のひとつ

 楽しとは生涯未完亀鳴けり

 残花余花鬱のとけゆく水の音

 蛤になる後ろ指さされても

 一病は余生の福音大旦

 せつせつと胃の腑を覗く二月尽

 梅杏種までも食べ命惜し

 半夏生すでに白旗身の内に

 読初の語林に拾ふ志

 晦日蕎麦過去も未来も須臾の夢

 夫君を亡くしたのちの寡婦の生き様が真摯に詠まれ、気持ちの高揚沈鬱も日常の一面だろう。

 一病も福音と前向きに捕らえ、癌発病で五年単位の区切りをつけて暮らし始めたものの、体調を崩しあと三年の命としての思いが処々に滲む。だが、まだまだ命惜しとも思い直し、読初の語林に「志」を拾う等衰えぬ気迫には頭が下がる。

 句集名の句〈須臾の夢〉は、作者の究極の人生観であり、宇宙規模で見ればほんの一瞬の自分の人生を、思う存分になし遂げた充実感であろう。