芥川龍之介佛大暑かな 久保田万太郎(くぼた・まんたろう)
一昨日、昨日、今日と、ものすごい暑さである。
この暑さはヤバイ…、殺人的である。
この暑さの中で、俳句の上で、最も「暑さ」を感じる季語は何だろう、と考えた。
思いつくまま上げてみる。
「薄暑」「小暑」「炎昼」「炎暑」「炎日」「炎天」「三伏」「盛夏」「大暑」「極暑」「酷暑」「溽暑」「劫暑」「晩夏」
などがある。
ただ…である。
これは個人的な感覚なのかもしれないが、俳句ではあまり使われない、
猛暑
という言葉が、私は一番暑さを感じる。
「明日は猛暑です!」
などと、テレビなどの天気予報で聞くと、ぞっとするのである。
「猛暑」というのは気象用語で、最近出来た言葉らしい。
25度以上を夏日
30度以上を真夏日
35度以上を猛暑日
という。
うまい(?)ネーミングだ、と私は思う。
勝手な推理だが、今まであげた季語は昔の暑さで、自然から受ける印象から生まれたような気がする。
ビルのコンクリートや道路のアスファルトの照り返しなどから受ける暑さのイメージは「猛暑」という言葉が似合う。
俳句で「猛暑」という句はあまり見かけたことがないが、今後は増えて、やがて定着してゆくのではないか。
さて、ちょっと開き直って、知っている句の中で、一番暑く感じる句はなんだろう、と考えた。
人から聞いた話なので「眉唾もの」だが、昔、作家の団鬼六がヤ〇ザを集めて、句会をやった。
兼題が「暑さ」だった。
その中で、一番点数が入った句が、
アフリカで火事に出会ひし暑さかな
だった。
選評の時、みなが口々に、
これは暑い!
とか、
いや~、これは暑そうだ。
とか、
これが一番暑そうです。
などと言った。
鬼六さんは、
いや、お前たち…、別に「暑さ比べ」をしてるんじゃないんだから…。
とたしなめた、という笑い話がある。
私はなぜか、掲句の万太郎の句に一番暑さを感じる。
この句は、自殺した芥川龍之介の追悼句。
龍之介の自殺した日が、昭和2年7月23日の大暑の日だった。
この句はなんにも言っていない。
「芥川龍之介佛」と「大暑」の取り合せだけである。
なのに、なにゆえ、こんなにも「暑さ」を感じるのだろうか…。
「万感の思い」が籠っているから…、としか言いようがない。
万太郎と龍之介は作家仲間というだけでなく、両国高校の先輩と後輩だった。
互いに俳句談義などにも花を咲かせたようである。
久保田万太郎と芥川龍之介(「林誠司 俳句オデッセイ」)
https://blogs.yahoo.co.jp/seijihaiku/36932857.html
芥川龍之介は「唯ぼんやりした不安」という言葉を残し、自殺した。
夏の素晴らしいところは、太陽、雲、海、水、山の緑、草木など、あらゆる命がもっとも活発になるところではないか。
ありあまるほどの才能を持ちながら、自ら消してしまった「命」と、大暑を迎え、旺盛な万物の「命」…。
その対比が、この句の素晴らしさかもしれない。
汗ばみ、炎天を見上げながら、龍之介を死を悼む万太郎の姿が実に切ないのである。