「ひまわり」平成30年8月号
主宰 西池冬扇 副主宰 西池みどり
結社誌・月刊・昭和21年創刊、徳島県徳島市、創刊 髙井北杜
四国で俳句というと、まず愛媛県松山が思い浮かぶが、徳島もまた俳句の盛んな地である。
「ひまわり」は徳島市に拠点を置く大結社。
徳島でも随一の規模を誇る。
現主宰の西池冬扇氏は、髙井北杜、髙井去私と続き、三代目の主宰。
句作のみならず、評論集も積極的に発表する気鋭の俳人である。
まず表2の〈今月のこの一句〉の、
ばりばりと伸ばせば匂う盆提灯 冬扇
に感心した。
その脇に「ひまわり俳句の信条」が記載されている。
ひまわり俳句はやさしくて、たのしい庶民の詩である。
俳句のよい伝統をたいせつにしながら、すなおな写生をくりかえして、新鮮な抒情の世界にあそぶ
とある。
注目すべきは「庶民の詩」。
「すなおな写生」も「庶民の詩」という信念から派生している。
主宰作品「出水」より
風と染め風が抜けたり藍工房
滝とどろとどろとどろと龍棲むと
星星の悲しみことにアンタレス
我が田までうつむき急ぐ出水かな
沈下橋濁流まさに越えんとす
先日、西池冬扇主宰、みどり副主宰のお誘いで、徳島の吟行旅行に参加した。
その折の作品があって、実になつかしい。
一句目、〈風と染め…〉の「藍工房」では、私もともに「藍染体験」をした。
「風が抜け」れば、藍染めの布に、蝋で描いた句や絵が鮮やかに浮き上がったことだろう。
実に詩的な一句である。
二句目もともに吟行した「大釜の滝」を詠んだものだろう。
「とどろ」のリフレインが、あの滝の豪快さを見事に表現している。
副主宰作品「螢舟」より
ほうたるの手に灯りけり
高瀬舟闇よりも船頭黒き蛍舟
鮎焼けりサッカー観戦始まれり
噺家も客も扇子を使いおり
幽霊の噺に笑い転げたり
一句目、二句目は「母川」とある。
徳島県海陽町を流れる清流らしい。
船を浮かべての「螢狩」とは実にうらやましい。
こういう句は東京に住んでいては詠めない。
松尾芭蕉の、
旅は俳諧の花
という言葉を思い出す。
徳島の人にとっては「旅」ではないが、この言葉は、私は、
その地に行かなければ出会えない未知なるものに触れる喜び
を言っているのだと思う。
三句目〈鮎焼けり〉も同様。
サッカー観戦に、焼き鮎が出るなんて、水が豊かな吉野川に住む徳島県ならではの吟である。
その他、同人欄、会員欄の感銘句。
黒い顔洗ってばかりかいつぶり 大久保道子
水中花咲かせて水の無表情 森 睦子
巣立ちたるらしい一本の藁残し 木村昌子
蛍火の尽きてターンす屋形船 車田マサ子
追焚きの風呂の煙や栗の花 米本知江
ハンカチに蝋で染め抜く鮎の文字 伊勢則子
山の駅降りて踏みゆく梅雨の霧 多田カオル
流された分だけ戻るアメンボウ 木村 修
桐下駄に残る足跡梅雨入雨 田村寿美
五月晴彼方に宇宙ステーション 富田花野
いつまでも沈まぬ夕日キャベツ畑 寿田淳乃
巻末の「ひまわり支部と句会予告」を見て驚いた。
支部数が66もある。
さらに合同句会、勉強会、講座教室などを合わせると75以上もある。
主宰、副主宰の多忙ぶりが伺えるが、徳島という地の俳句の興隆に欠かせない結社という宿命を担っていることがわかる。
俳句書いてみたいな。でも解からないから。中学の時書いた。散々だった。お前は落語家向きだと言われた。