「星雲」(せいうん)第43号(創刊十周年記念特集)
主宰 鳥井保和(とりい・やすかず) 編集 小川望光子
結社誌・隔月刊・通巻43号・和歌山県海南市・創刊 鳥井保和
鳥井主宰は昭和27年、和歌山県海南市生まれ。
生粋の山口誓子門。
誓子に関する評論で、第4回「俳句界」評論賞を受賞している。
「天狼」は昭和を代表する大俳句結社だが、誓子が平成6年に亡くなり廃刊。
遺弟子たちもさすがに高齢化し、多くの優秀な俳人も黄泉へと旅立った。
鳥井主宰は「天狼」後期の代表作家であるだけに、まだ60代半ば。
俳人としては、一番脂ののった時期である。
今後に果たす使命は大きい。
「天狼」時代には第24回コロナ賞を受賞。
この「コロナ賞」だが、今の俳人にはその価値がわからないのではないか。
単なる結社賞ではないのだ。
実際、結社賞には違いないが、当時の「天狼」の層の「厚み」を考えれば、もの凄い価値のある賞だ。
その実力を、その頃より俳壇へも広げ、「星雲」創刊前に第5回朝日俳句新人賞準賞を受賞している。
現代の和歌山俳壇を代表する俳人で、「星雲」自体、和歌山で最も活発な結社と言っていい。
句集に『大峯』『吃水』『星天』、そして最近『星戀』を刊行した。
今回紹介する号は創刊十周年記念特集号、「星雲」は昨今、「季刊」から「隔月刊」にシフトした。
巻頭はカラーページによる「星雲」創刊十周年記念祝賀会報告。
この祝賀会には私も参加した。
マグロの解体ショーなども行われ、実に楽しい会だった。
わざわざ和歌山まで来ていただいたのだから、楽しんで帰って行っていただきたい、という「星雲」の歓待の心が伝わってくる会だった。
祝賀会でも述べていたし、誌面でも発表しているが、「月刊化」も視野に入れている。
多くの結社は今や、「月刊」から「隔月刊」へ、「季刊」へと移行し、生き残りを図っているのが現状である。
「星雲」がいかに日の出の勢いかがわかる。
さて、誌面だが「誓子の筆墨」というコーナーがあり、誓子の、
大阪驛大峯行者突つ走る
(おおさかえき おおみねぎょうじゃ つっぱしる)
が紹介されている。
いかにも誓子らしい、と感心した。
即物描写に徹している。
「大峯行者」とは奈良吉野の大峯に登る修験者、つまり山伏である。
なんで、大阪駅を走っているのかわからないが、大阪駅を降り立ってより、身も心も「山伏」となっているのだろう。
誓子の俳句が「即物的」「乾いた抒情」と言われるのは、形容詞、形容動詞など、余計(?)な修飾語を入れないからであろう。
この句も「大阪駅」「大峯行者」という「名詞」と、単純な「動詞」、「突つ走る」だけで構成されている。
久保田万太郎の俳句などとは対照的と言っていい。
主宰作品「天狼集」より
あをあをと高野八峰雪月夜
宝珠なす仏のごとき蕗の薹
白魚の命ひしめく踊り喰ひ
桜湯に幸せの花ひらきゆく
日を弾き瀬水はじきて上り鮎
鳥井主宰の住まいは「高野山」の近く。
(近くと言っても、高野山自体、山奥の秘境なので、車で結構移動するが…)
私も一度、鳥井主宰に労を取っていただき、鳥井主宰と俳人数名で訪ねたことがある。
主宰の作品は誓子の作品と比較して、主観が強く、風土色も濃い。
一言で言えば「抒情的」というべきか。
主宰の結社誌、そしてほとんどの句集には「星」がついている。
誓子の「天狼」とは「シリウス」のこと。
彼の作品に出てくる「星」はほとんど「誓子恋い」と言っていい。
これらの句を読んでいても、その頭上には高々と「誓子星」を掲げているように感じる。
つまり、一句一句に「奥行き」があり、壮大な詩空間を背負っている感がある。
これも誓子系の大きな特色である。
同人・会員作品より
長氷柱一戸一戸の音を断つ 小林邦子
番台の真中に飾る鏡餅 澤 禎宣
婚の儀の襟巻に付く紙吹雪 園部知宏
立春のこの上もなき日和かな 竹内正與
啓蟄や湾を繰り出す真帆片帆 土江祥元
反り橋の朱逆しまに氷面鏡 成瀬千代子
朝市に寄りて見舞の寒卵 前田長徳
うれしくてたまらぬやうに地虫出づ 本田たけし
実に安定している。
これは鳥井主宰の卓越した指導力の賜物でもあろうが、鳥井主宰の「誓子恋い」の姿勢が会員に浸透しているからではないか。
同人会員は「天狼」後期、彗星のごとく現れた鳥井主宰に誓子俳句の「本道」を見ているのであろう。
つまり、句の方向性に迷いがないのだ。
これが本来の結社の在り方であろう。
結社というのは「理念」があってこそ成立するもので、一つの理念のもとに集まった人々、その組織を言う。
そういう意味で現代俳句に於いて、胸を張って「結社」と言えるのはどれぐらいあるだろう。
おそらく10もあればいいのではないか。
「星雲」はその数少ない「結社」である。
誌面では他に、
誓子の句碑巡り
(医師・「星雲」編集長、小川望光子の)身体の俳句
(「岳」同人・小林貴子の)星座探訪(作品鑑賞)
その他にも盛沢山である。
全国を駆け回っていた営業マンらしい、鳥井主宰のバイタリティーを感じる。
ふと、これが月刊になったら、編集が大変ではないか、と余計な心配をしてしまうほど、エネルギッシュで充実した誌面である。