著者:沼尾将之(ぬまお・まさゆき)
句集名:鮫色(さめいろ)
第一句集 ふらんす堂 平成30年10月29日
屋根といふ屋根は鮫色東風荒れて
埼玉県久喜市在住、「橘」同人。
略歴を以下に。
昭和55年 埼玉県狭山市生まれ。
武蔵野美術大学油絵学科卒。
平成21年 「橘」入会、松本旭に師事。
平成23年 「橘」同人。
第29回「橘」新人賞、第42回埼玉文学賞受賞。
俳人協会会員。
「俳句界」編集長時代、何度か原稿依頼をしたことがある。
その作品にとても好感を持った。
同じく編集長時代、「橘」の全国大会に取材した時、表彰の為、何度も壇上に上がっている姿を見て、いよいよ頭角を顕してきたな…という印象があった。
その作者の待望の第一句集である。
白梅の縦にころころ吹かれをり
利根川と荒川の民鰻食ふ
八千草の撓ふ数だけ貨車行けり
弾みたる着地も孕雀かな
特に「白梅の」の句に感心した。
ごく初期の句で、素直に写生に徹している。
「縦」というのがいい。
風に吹かれてころころところがってゆく白梅の花の様子がよく見える。
しかも、その花の様子に躍動感がある。
その躍動感はそのまま春の息吹へとつながっている。
また、「利根川と」の句には、産土である「さきたま」(埼玉の古称)への、冷静な視線を保った愛着が感じられる。
この「写生」と「産土への愛着」は句集『鮫色』を一貫したものである。
寒鮒に浮世は見せず放ちけり
川なりに泳いでをれば巾着田
朝東風や湾はその碧失はず
詩心なきときは絵ごころ草青む
作者は美術教師だった、という。
「詩心」の句はいかにも美術教師らしい。
屋根といふ屋根は鮫色東風荒れて
句集名はこの句から取ったという。
「鮫色」という感性が素晴らしい。
同じ、埼玉の俳人で、金子兜太氏の代表句に、
梅咲いて庭中に青鮫が来ている
がある。
この句に出て来る「鮫」は、戦友が散った南国の海の象徴、その海に散った戦友の命の象徴、そして、梅が咲くころの二月の冷気の象徴である。
作者の「鮫色」は、それほど深刻なものではないが、「青」や「しろがね」などではなく「鮫色」と表現した、作者の独特の感性がいかんなく発揮されている。
伝統俳句でありながら、より文学的で美術的な匂いがする。
句の持つ色彩もまた鮮やかである。