『三楽章』(俳句アトラス)は、松本美佐子の第一句集。
水に透く石寒中の五十鈴川
あともどりしたくて甲斐の桃の花
ぞの土地の決定的な〈らしさ〉の、印象的な作品化だ。
花冷の鍛冶屋に青き火の熾る
枯葉打つ雨粒ひとつづつ聞こゆ
家々の垣に赤き実クリスマス
「火」「雨粒」「実」。
現実をはみだす妖しいイメージへと昇華される。
「花冷」「枯葉」「クリスマス」との重奏が、さらに鮮やか。
沢瀉の小花を残し水昏るる
新豆腐丹波の水に切り放ち
さまざまな鯉の彩なす水の秋
三様の静謐な「水」を背景に、「残し」「切り放ち」「彩なす」の精妙な動きが、溌剌とした生命感を立ち現わす。
麻酔覚めやや傾きて眠る山
天地と人情との幽遠な交感が、言葉の個性的な組み合せによって顕現している。
1944年山口県生まれ。大阪府豊中市在住。「鳰の子」同人。
―京都新聞2021年8月17日 「詩歌の本棚」 執筆・彌榮 浩樹―