谷原恵理子句集「冬の舟」
青森県に生まれ、現在芦屋市に住む著者は、2009年俳句に出会い、山田弘子に師事。
現在は姫路の超結社「亜流里」に所属。
最初、俳句の基本は「円虹」の故山田弘子に学んだ。
「俳句を始めた頃は俳句を詠むということが特別な感じがしてずいぶん構えていました」という。
今では「起きてごはんを作り、掃除をして散歩して、俳句を作り、夜には眠る」というごく自然なこととなっていると「あとがき」に。
つまり俳句を詠むのが特別に構えることではなくなっているのだ。
桃食みて季節を一つ越す力
桃の実が出回るのは、夏バテの来る頃。
桃を食べると秋までは気力が持てて夏を乗り切れるだろう、と。
桃は昔、毛桃と呼ばれたが、近年品種改良によって現在の白桃、水蜜桃のように瑞々しい果物になった。
桃には霊力があるとも古代から考えられていたようで、古事記にもその記述がある。
その霊力で夏を乗り切るのである。
「季節を一つ」に、取りあえず今の暑さを乗り切りたいという切実な気持ちにユーモアがよく出ている。
山羊白き子を生みにけり寒の朝
この句集中一番印象に残った句。
山羊の繁殖季節は、品種や飼養されている地域の緯度などにより違いがみられる。
多くは秋口に繁殖期を迎え、春に子を産むが、この山羊は寒の朝に産んだ。
生まれると同時に子ヤギは湯気に包まれていたのであろう、白に感動が表れているという印象を持った。
白というのは色でもあるが、ことごとく純粋であるという意味もあるのだろう。
白山羊の子が白いのは当たり前のことであるが、あえて重ねて形容することで読者にも強い印象をもたらす。
吉祥の帯を仕舞へば春の風邪
春の風邪をひいた。
その原因はきっと吉祥の帯を解いて仕舞ったからだわ、という機知も働く。
石段の青きしづくや蜥蜴跳ぶ
野分中芸妓は高く褄を取り
もう戻れないかもしれぬ蛍狩
舟未だ出ぬ宇治川の残暑かな
など魅力的な句が多くあり、この人の才能の豊かさと豊潤に満ちた句集。
俳句アトラス刊。
―「神戸新聞」2021年6月22日 「句集」 執筆・山田六甲ー