「生家」 町田 無鹿(「澤」)
馬跳びの馬連なれり春の草
束にして土筆軋みぬわが手中
花冷の聖書くたりとひらきけり
花筵灯およばぬ一隅も
泣きやまぬ足下落花ふきだまる
菜の花や父の小さきオートバイ
百千鳥みるみる髪の結ひあがる
枕絵をうづめ踊字うららけし
断崖の沖かがやける薊かな
夏兆すプリマの胸のたひらかに
絵はがきの粗き漉き目やみどりの夜
敵七人あり蚕豆の莢ねじる
かをりたつ香水怒り激しければ
蛍見の草踏みしだかれて匂ふ
恍惚と花粉まみれや黄金虫
てのひらに融かすワセリン夜の秋
茄子の馬に手綱つけくれよと祖母は
棒四本立てて陣地や草の花
木犀や指もて均すタルト生地
薬草園巡回腰に鍵束冷え
小鳥来る紅あざらけき殉教図
教会の裏口灯る時雨かな
旅客車に眠るふたりや桃青忌
海鼠腸やパトロンにして女弟子
よき古書肆あればよき町八手咲く
生家遠し聖樹に綿の雪降らせ
息白く時折東京を憎む
冬ぬくし人語解する犬とゐて
校塔に金の校名春隣
書架に足す棚板ひとつ春立ちぬ