加藤房子著『須臾の夢』
集中「八咫烏」の項の中では、
山上の一樹序の舞紅枝垂桜
西行の命終の夜の花あかり
地の魑魅呼びて変化の老枝垂桜
と、桜花の美しさと、観る位置によっては妖艶とも映る様が詠まれている。
「生成り女」の項では、
遺影いま考の声降る春の星
母逝きしあとの闇夜を桜狩
と、父へ母への深い思慕の念が詠まれ、「狐雨」の項の中では、
天の声地の声舞楽始めかな
忘却の闇に齢古る雛ならむ
月へ飛ぶロケット野心青々と
と、舞楽と雛の雅を詠む一方、科学的な言葉を採った句も散見され、楽しめた。
また、「張子の兎」の項の中では、
玄室の朱雀を犯す黴の糸
惜命の朝の茜や神帰る
と、歴史に纏わる世界へと誘う句に出会え、四項の「風来坊」の中では、
音もなく一病と棲む春障子
一病は余生の福音大旦
半夏生すでに白旗身の内に
など、病を克服し、その後の日常を明るさをもって詠まれており、最後には、
楽しとは生涯未完亀鳴けり
と、泰然とした心境を吐露し、結んでいる。
著者の益々御健勝を祈念します。
―「繪硝子」2019年2月号 「句集を読む」(執筆・平野暢行)―