1941(昭和16)年兵庫県生まれ、「鳰の子」同人会長としての第1句集。
2006年から18年までの341句を収録。
定年退職後、会社の先輩に誘われ気軽に始めたという。
外国を訪れたり、山に登ったりして経験によってもたらされた句が多い。
熊棚を残して栃の芽吹き初む
鉄棒に真つすぐ駆けて入学す
日照雨きて大山蓮華咲き初むる
蛸漁の舟動かざる凪の海
これらは初期の作品だがすでに俳人として力が垣間見える。
もっとも調子の上がった作品は13から14年ごろだろう。
それらの作品中、
霧巻くや翁も難儀の月の山
先づもつて猫を探しぬ涅槃絵図
左手のしたたり絶えぬ甘茶仏
葉桜となりて雑木に紛れこむ
一切の音を消し去り瀧の落つ
などに注目した。
月の山とは月山のことで「奥の細道」の旅で芭蕉が「息は絶え、体は凍えて、ようやく頂上にたどり着く」と書いたように難儀して登った山。
作者は、山男の私でさえ霧に難儀をしていますよ、とあいさつしたのだ。
「涅槃図」の句は猫が描いてあるかどうか、目を凝らしているところ。
理由は諸説あるが、ほとんどの涅槃図には猫は描かれてない。
京都の東福寺、真如堂では猫入り涅槃図が見られるという。
「甘茶仏」は4月8日の花まつり。
仏の右手は天を指しているから甘茶は下を向いている左手を滴るという気づきの句。
「葉桜―」は、花のない桜はただの雑木になってしまったよ、という捉え方が面白い。
「滝」の句では、滝の轟音が周囲の音を一切かき消しているという、音のパラドックスを詠んだ。
最近の作品では、
日本とはと問ひなほされる菜の花忌
フクシマや見る人のなき花辛夷
など。
「菜の花忌」とは司馬遼太郎の忌日。
「フクシマ」は福島原発事故。社会性の句も詠む。
「鳰の子」俳句会(柴田多鶴子主宰)が俳壇に初めて送り出した俳人。
俳句アトラス刊。
「神戸新聞」~「句集」自然や社会を詠む(2019・9・24)(執筆・山田六甲)