梅ふふむ睫毛を足してゐる鏡
昭和史に黒く塗りたる櫻かな
摘みて食ぶ胸に苺の雫かな
ロ短調のやうな六月けむりの木
パセリ食べ華麗な嘘を許しおく
秋思かな海見てぬぐふ老眼鏡
萩くくる己に容赦なきよはひ
冬薔薇棘の触れたる運命線
実に多彩且つ自在である。
中でも「昭和史」の句には深く共感。
自己の人生を前向きに進んでいるから、作品全体に生きている喜びが溢れている。
また、書道、アートフラワー、フラワーアレンジメントを趣味とされているように、都会的、且つ女性としての雅な作品も多い。
長嶺千晶「晶」主宰の帯文より。
舞踏会へと赴くやうな華麗な美しさに憧れた若き日々。
戦争によって封印された時代の記憶は、今、命の輝きのしずけさとなって蘇る。
海野さんが生涯を賭して追い求めた美のかたちが、ここに在る。
(令和2年5月30日 俳句アトラス 2091円(税別))
―「山彦」2020年9月号 受贈誌御礼 執筆・河村正浩)―
余命だとおととい来やがれ新走
卵巣のありし辺りの曼珠沙華
ポケットに妻の骨あり春の虹
句集前半と巻末(一句)に妻の闘病と逝去(54歳)の慟哭を収める。
私も十三年前に癌で妻を亡くしているだけにその悔しさ虚しさが痛いほど理解できる。
この空の蒼さはどうだ原爆忌
夏シャツの少女の胸のチェ・ゲバラ
ステージに空き椅子ひとつ原爆忌
刃物研ぐ音を吸い込む秋の雨
蟻殺す国語教師に戻るため
引火するまで向日葵の増殖中
前三句は現実描写から思いを述べ、読者の想像力に委ねている。
後の三句は心奥の屈折や内面意識の代替物として季語が象徴的に扱われている。
何れの句も批評精神は旺盛。
(令和2年5月9日 俳句アトラス 2273円(税別))
ー「山彦」2020年9月号「受贈誌御礼」 執筆・河村正浩―
新涼や琴に流れてゐる木目 海野 弘子(句集『花鳥の譜』)
―「沖」2020年9月号~「沖の沖」 抽出・能村研三―
穂孕みにいちにち遠き波の音 川崎 陽子(句集『写真の中』)
―「沖」2020年9月号~「沖の沖」 抽出・能村研三―
鳥の目の色になるまで葡萄食ぶ 佐藤 日田路(第一句集『不存在証明』より)
作者はあとがきに「私にとって俳句の短さが心地よい。できるなら硝子の心臓が鼓動するような情感を表現したい。」と述べている。
句集全体を通して作者の作品は独創的であり、一句に静かに沈思している作者が見えるようである。
掲句、「鳥の目の色になるまで」という表現に魅かれた。
目の色が変わるほど一心に葡萄を食べているのであろうか。
自分も鳥になったような錯覚を持ったのだろう。
季語「葡萄」に作者の焦点がぴたりと合っている。
氏は「亜流里」「海光」会員。
―「対岸」2020年5月号~平成俳句論考 執筆・加藤政彦―
本名・佐藤直路。
昭和28年生まれ。
昭和60年、司法書士・行政書士登録開業。
平成17年、句会「亜流里」入会。
平成20年、「俳誌「ロマネコンテ」入会、同人、休会中。
平成21年、「海程」入会。
平成27年、「海程」退会。
平成29年、「海光」入会。
現代俳句協会会員。
佐藤氏の父親は歌人、母親は詩人、日田路氏も十代から詩を始めている。
林誠司氏の跋文によると「日田路氏の作品には常に独創的で奥深い視点を有している。類想類型をあくまで拒み、そういった意識さえ無く自己の内面と向き合い率直に表現している」
自選十二句より筆者選
青空を動かさぬよう魞を挿す
色鯉の口に暗黒入りけり
勉強がきらいな僕と蝸牛
駄菓子屋は間口一間大西日
心臓に手足が生えて阿波踊
穴惑いあなたが尻尾踏んでいる
踵うつくし霜柱踏めばもっと
肉体は死を運ぶ舟冬の月
(俳句アトラス 2,273円)
―「海」2020年9月号~新刊句集紹介 執筆・秋川ハルミ―
そうか君も所詮歯車蟻の列 中村 猛虎
社会に一歩出ると、自分自身の考えとは異なった事象に悩まされることが多々ある。
信頼していた人間も、人生に於ける一つの歯車でしかない。
蟻に、その無念さを託している。
しかし、私は、私の道を進むしかないという覚悟。
…句集『紅の挽歌』(俳句アトラス刊)
駄菓子屋は間口一間大西日 佐藤 日田路
戦後生まれの私でも、駄菓子屋の存在は知っている。
知っているというよりも、随分通ったものである。
動詞を使わず名詞の羅列と思われるかも知れない。
俳句は余白の質量が物を言う詩であり、沈黙が肝要の詩でもある。
…句集『不存在証明』(俳句アトラス刊)
「紫」2,020年夏号「佳什一滴」(執筆:山﨑十生)
(「日刊県民福井」2020年7月25日) 執筆・秋山孤哮)
(「愛媛新聞」2020年7月13日) 執筆・土肥あき子