伊丹市在住で、「天香」(岡田耕治代表)同人の第1句集。
句集の中の〈秋出水鴨横向きに流さるる〉は、大江健三郎「自分の木の下で」の大水に流されてゆく家の屋根に乗っている少女のシーンを思い起こした、と書いて渡邉に送ったら大江の書を読んでみるという。句集を改めて読んでみると好きな句が80句近くあった。どれも捨てがたく、特に後半はさすがと思わせる句ばかり。
けむり茸踏んで花野のど真ん中
春暁を耳さとくゐる島泊まり
鹿の子の耳ふるはせて立つところ
花びらの中に目覚めしなめくじり
月の出や母在るやうに魚を煮て
龍淵に潜む卵の特売日
庖丁の柄を買うてくる小六月
うつぼかづらに誘はれてゐる花の昼
「けむり茸」の句は、踏まれて煙のような胞子を吹きだした。その胞子が、秋の花野に広がってやがて煙茸ばかりになるような恐怖も少し。「春暁」の句は明るむのを視覚的に言わず「耳さとく」としたのに独自性が光る。島に泊まった非日常の明け方の、寝付けない床で漁師などの動きだす気配を鋭く感じ取ったのだろう。
「鹿の子」はよたよたと立つが、それを言わず子鹿の耳に目を付けた。子鹿がこの世に生まれ出て初めて聞く母の鼓動とは違う音をふるわせながら聞く。「龍淵に潜む」の龍は、春分に天に昇り、秋分に淵に潜む、との言われから秋の季語となったもの。句は龍の季語の誘導で、作者も爬虫類のような感覚になって卵を見つめているのかも。「小六月」の句は、収穫祭でかぼちゃを切っていて柄が割れたか折れたかしたのだろう。「うつぼかづら」は、その匂いに、虫か何かに変身させられて呑み込まれていくような妖艶な句。
どれも句の表面にでない物語をにおわせる独特の感覚が魅力。「序文」はふけとしこ、「跋」は内田美紗。俳句アトラス刊。
神戸新聞2019年11月26日(火)「句集」 執筆:山田六甲