海野弘子句集『花鳥の譜』が『角川俳句年鑑』(今年の句集BEST15)に掲載されました!

 

『花鳥の譜』海野 弘子

あとがきの言葉「人間は誰も物理的には限られた時間を生きるのであるが精神的な時間の濃密さは永遠に繋がる」、これは作者の俳句観の根底にあるのだろう。

 

夏草へ沈む被爆の一校舎

冬木の芽赤子に時の無尽蔵

 

以下の句は心象世界へと飛躍している。

 

強東風や海より帰らざる魂

残照の空に残像原爆忌

言の葉の海へ漕ぎ出す初硯

 

―角川文化振興財団『俳句年鑑』2021年版~今年の句集BEST15

 執筆・涼野海音―

 

中村猛虎句集『紅の挽歌』が「好日」9月号で紹介されました!

 

中村猛虎(なかむら・たけとら)、本名・正行(まさゆき)。

1961年生まれ。

2005年、句会「亜流里」設立。

2011年、風羅堂第12世襲名。

現在、句会「亜流里」代表、俳誌「ロマネコンテ」同人、俳誌「俳句新空間」同人、現代俳句協会会員。

早逝の妻に捧ぐ。

第一句集。

 

さくらさくら造影剤の全身に

余命だとおととい来やがれ新走

卵巣のありし辺りの曼珠沙華

秋の虹なんと真白き診断書

遺骨より白き骨壺冬の星

葬りし人の布団を今日も敷く

早逝の残像として熱帯魚

少年の何処を切っても草いきれ

手鏡を通り抜けたる螢の火

この空の蒼さはどうだ原爆忌

蛇衣を脱ぐ戦争へ行ってくる

秋の灯に鉛筆で書く遺言状

たましいを集めて春の深海魚

三月十一日に繋がっている黒電話

缶蹴りの鬼のままにて卒業す

水撒けば人の形の終戦日

心臓の少し壊死して葛湯吹く

ポケットに妻の骨あり春の虹

 

「跋」林誠司(「海光」代表)によれば、猛虎氏は大胆さと繊細さが入り交じる、詩情あり、ユーモアありの多彩な作品で、深みのある詩情を持っている。

芭蕉も「俳諧の益は俗語を正す也」(『三冊子』)と述べていて、彼の作品にはその伝統が引き継がれて、ひいては俳句の現代性を生み出している。

「あとがき」に、趣味でやっていた作詞作曲、その歌詞からイメージした作句は、句会で同僚の作句を圧倒し、とても気分がよかった、いっている。

(俳句アトラス 2400円(税込))

 

―「好日」2020年9月号 新著紹介 執筆・片岡伊つ美―

 

 

中村猛虎句集『紅の挽歌』が「対岸」2020年8月号で紹介されました!

 

ポケットに妻の骨あり春の虹   中村猛虎

(第一句集『紅の挽歌』より)

 

自分の言葉で表現している句集である。

伝統的なルールに捕らわれていない作風が新鮮である。

作品は全て圧倒的な迫力で筆者に迫ってきた。

掲句も悲しみと思い出を共有して、まことに抑制とリアリズムが混在している。

筆者はこの様な哀しみに遭遇したならば何も出来ないのではないかと思う。

しかし、作者は平常心を戻すため、逆に俳句の力を借り、利用した。

氏は「亜流里」代表。

 

―「対岸」2020年8月号 平成俳句論考 執筆・池内雅一―

 

 

中村猛虎句集『紅の挽歌』が「滝」2020年7月号で紹介されました!

 

中村猛虎句集『紅の挽歌』 俳句アトラス

 

「滝」の成田主宰から薦められた句集の中に中村猛虎氏の名前があった。

実は彼とは「ロマネコンティ俳句ソシエテ」というところの同人仲間である。

因みにロマネコンティは誌上句会を主とする超結社の全国的会員の集まりである。

私自身は平成15年頃に入会したが、お蔭で北海道から九州まで各地の俳人と知り合いになることが出来て実に良かったと思っている。

前置きが長くなってしまったが、猛虎さんの句集『紅の挽歌』の紹介に入ろうと思う。

冒頭に彼の妻の死が述べられている。

平成29年8月に脳腫瘍を宣告されてからわずか二ヶ月余りで、10月9日に55歳の生涯を閉じてしまうという衝撃的な書き出しである。

振り返ってみれば「ロマネコンティ」誌上でもそれまでに思いもよらなかった哀切な句が何ヶ月か続いたことがあった。

直接的に妻が死んだと詠まないので、最初は気づかなかったが、そのことに気づいた時は思わず目頭が熱くなったことを記憶している。

 

痙攣の指を零れる秋の砂

遺骨より白き骨壺冬の星

葬りし人の布団を今日も敷く

早逝の残像として熱帯魚

鏡台にウイッグ遺る暮の秋

月斜して影絵の狼妻を喰らう

亡き人の香水廃盤となりぬ

 

改めて衷心より哀悼を捧げたい。

話は変わるが、彼は平成17年地元姫路において句会「亜流里」を立ち上げ、活発に俳句と取り組む中で、松尾芭蕉が「おくのほそ道」で使ったとされる蓑と笠が残されているのを知り、奉納されていたという「風羅堂」の再建運動を始めたのである。

そのことは新聞などにも掲載され話題となった。

ともあれ彼の作品は恐らく初心の頃から優れていたような気がする。

次に若干紹介したい。

 

順々に草起きて蛇運びゆく

この空の蒼さはどうだ原爆忌

どこまでが花野どこからが父親

部屋中に僕の指紋のある寒さ

僕たちは三月十一日の水である

ポケットに妻の骨あり春の虹

 

余りにも淡々としているゆえに却って哀切さが迫って来る思いがするのである。

彼の作品は実に多様でかつ諧謔味に溢れている。

きっと最愛の妻の死を乗り越えられ有望な俳人として今後を期待されるところであり、末長い交誼を願うところ大である。

 

―「滝」2020年7月号 遠景近景 執筆・鈴木三山―

 

中村猛虎句集『紅の挽歌』が「白鳥」第56号で紹介されました!

 

『紅の挽歌』  中村猛虎 俳句アトラス

 

1961年生まれ。

句会「亜流里」代表、現代俳句協会会員、俳誌「ロマネコンテ」同人、「俳句新空間」同人。

現在、俳句アトラスの社長・林誠司氏に30年前、俳句に誘われた、とあとがきに記されている。

この句集は3年前に亡くされた最愛の奥様の句が多く納められている。

 

寒紅を引きて整う死化粧

遺骨より白き骨壺冬の星

新涼の死亡診断書に割り印

羅の中より乳房取り出しぬ

この空の蒼さはどうだ原爆忌

独り居の部屋を西日に明け渡す

 

―「白鳥」第56号 新刊紹介 執筆・髙松文月―

 

 

中村猛虎句集『紅の挽歌』が「鴻」2020年9月号で紹介されました!

 

1961年、兵庫県生まれ。

横浜国立大学工学部卒。

2005年、句会「亜流里」設立。

2011年、風羅堂第12世襲名。

現在、句会「亜流里」代表、現代俳句協会会員。

 

梅雨深し何処も彼処も白い病院

葬りし人の布団を今日も敷く

梟や喪服の中にある乳房

手鏡を通り抜けたる螢の火

ほうれん草の赤いとこ好き嘘も好き

ふらここに立ち漕ぎをして恋終る

原爆忌絵の具混ぜれば黒になる

あと幾度母の日の母に会えるのか

息吸わば吐かねばならぬ桜桃忌

ポケットに妻の骨あり春の虹

 

林誠司(「海光」代表)は跋文の中で「俳句的手垢が全くないのに不思議と深みのある作品」と言っている。

第一句集『紅の挽歌』が多くの俳人の心に届くことを願っている。

今後の活躍をお祈り致します。

 

―「鴻」2020年9月号 句集拝見 執筆・水谷はや子―

 

 

福島たけし句集『寒オリオン』が「帆」令和2年6月号で紹介されました!

 

福島たけし著『寒オリオン』(俳句アトラス刊)

 

きぶし咲き山よみがへる雨の中

 

キブシ科の落葉小高木、山地に生ずる。

高さ二、三メートル、春になると葉より先立って多数の淡い黄色で穂状の花を咲かせる。

材は杖、柄、楊枝などとする。

マメブシ。

漢名、通条花。

やさしい春雨にぬれるとしっとりと美しく風情がある。

雄大な自然詠、ひそやかな人生諷詠、凛然たる詩魂、と帯文にある。

昨年には念願の句会「コトリ」を開かれている。

第四句集である。

 

丹沢山使者の如くに冬の日矢

渦をなす青葉如意輪観世音

大杉の彼方に夏の富士黒し

冬椿飾らぬ人も最も艶

春愁の空ととけあふ海の色

雲の峰千年杉をわしづかみ

源流はここより霧の山紫陽花

涅槃会の天も小雪を舞はせけり

 

―「帆」令和2年6月号 受贈句集紹介 執筆・井原愛子―

 

 

佐藤日田路句集『不存在証明』が「好日」2020年6月号で紹介されました!

 

佐藤日田路(さとう・ひたみち)、昭和28年生まれ。

平成20年、「ロマネコンテ」入会、同人(休会中)。

平成21年、「海程」入会、27年、退会。

平成24年、句会ブラン代表(休会中)。

平成29年、「海光」会員。

「亜流里」会員、現代俳句協会会員。

第一句集。

「跋」に常に独創的で奥深く、自己の内面と向き合い、感じたことを率直に表現している、とある。

 

啓蟄や仮面土偶に妊娠線

亀鳴くや眠りの浅き電子辞書

春哀し海へはみ出すチョココルネ

 

彼にとって俳句は〝俳諧と詩のせめぎ合い″にあるのだろう。(林誠司「海光」代表)

 

陽炎や妻にかすかな火の匂い

青空を動かさぬよう魞を挿す

サーカスの転校生と桜餅

踵うつくし霜柱踏めばもっと

脳味噌をざぶざぶ洗う春キャベツ

シナプスの放電青き入学子

ただ濡れているだけでよい蝌蚪の紐

色鯉の口に暗黒入りけり

春愁のどこを切っても赤と黒

名をつけて子は親となる著莪の花

勉強がきらいな僕と蝸牛

作る人いつか乗る人茄子の馬

手を追えば足を忘るる踊笛

芋の露母さん僕は元気です

心臓に手足が生えて阿波踊

穴惑いあなたが尻尾踏んでいる

懐手笑いどころを間違える

肉体は死を運ぶ舟冬の月

 

「あとがき」に、私は十代から詩を始めた、私にとって俳句の短さが心地よい、できるなら硝子の心臓が鼓動するような情感を表現したい、と言う。

(俳句アトラス 2273円+税)

 

―「好日」2020年6月号 新著紹介 執筆・片岡伊つ美―

 

新谷壯夫句集『山懐』が「残心」2020年夏号で紹介されました!

 

『山 懐』  新谷 壯夫

昭和16年、兵庫県生まれ。

昭和39年、松下電器産業(株)、平成5年よりインド・アメリカに計8年勤務。

平成18年、職場OB俳句会入会、柴田多鶴子に師事。

平成23年、俳誌「鳰の子」創刊同人。

現在、「鳰の子」同人会長、俳人協会会員、大阪俳人クラブ会員。

本句集『山懐』は作者の第一句集。

句集名の『山懐』は趣味の登山に由来して命名されたとのこと。

スケールの大きな自然詠、長い海外赴任で詠まれたその国の風土、日本各地の行事を見事に据えられたお句と句幅の広さに感服。

句集の装丁原画は奥様の作品とのあとがきを拝見し、句集『山懐』の魅力の一端を伺い知ることが出来た。

 

アンデスの山駆け下る雪解川

寝転んでアイガー仰ぐお花畑

結論を迫る御仁にまあビール

銀河濃き一万尺の小屋泊り

駆け抜くる風のかたまり競べ馬

バザールのをんな立膝蕃椒売る

豆撒を待つ輪ちりぢり縮まりぬ

(令和元年6月3日 俳句アトラス)

 

―「残心」2020年夏号 受贈句集より 執筆・西田啓子―